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泥、汚れた水の中からしっかりと根をおろしながら、美しく清らかな花が咲く蓮。蓮根は泥の中から出て来るのに、まったく汚れに染まっていません。葉も茎も泥はついていません。 蓮根、種子からも繁殖する力、生命力の強いエネルギーを持ち、葉が水を弾くことをロータス効果とも言いますが、つまり とらわれることが無いという事です。 泥水を迷いの世界、私達の日常社会の喩え、その中に心理を悟られ、正しい生き方を人々に伝えたお釈迦様を蓮の花に喩えています。 この意味は、今 自分の居る世界、立場から逃げ出して別の所に理想を求めるのではなく、今居る世界で精一杯輝く人間になる事を教えている様ですね。 『世界蓮』のお話ですが、インド最高神のひとりヴィシュヌは原初の水の中で大蛇を寝台として眠っていたそうです。四千ユガ宇宙世紀の眠りの後、彼は創造の志を起こしました。その意欲は蓮の型(世界蓮=カーロ.パドマ)をとって彼の臍から成長し、花が開花すると、そこにブラフマー(梵天=ぼんてん)が生じ花の台(うてな)に座して天地万物を造化しました。 蓮は生命発生の母胎と観られ、その観念はヒンドゥ教に反映されています。 古代インド ヒンドゥ教の神話では 『聖なる義務を成し遂げる者は罪に迷わない。あたかも蓮の葉に水が触れぬかごとく』 『泥沼から生え、気高く咲く花、まっすぐ大きく広がり水を弾くリンとした葉の姿』 世の欲にまみれず清らかに生きる事の象徴の様に、極楽浄土の象徴とされています。 インドラの楽園はサンスクリット語でnandana (ナンダナ)といって、歓喜極まる最高の喜びのステージをananda(アーナンダ)と表現します。 仏教『阿弥陀経』の中で浄土の様子でこう述べられています。 妙なる音楽、美しい鳥が飛び、天からは花びらが舞い、池には蓮が咲き誇っています。 その蓮の様子を『青色青光、黄色黄光、赤色赤光、白色白光』と記されています。 浄土の世界では青い蓮は青いままに輝き、黄色い蓮は黄色のままに輝き............. 違うままにそれぞれが美しく輝いています。 その輝きにおいて等しく尊いのです。人間はそれぞれ違います。外見も能力も...しかし同じ人間としての差は無く、等しく尊い存在です。 違ったままで相手を認めるとはどういう事でしょうか? 我々人間は完全無欠の人はいません。そもそも出来る事と出来ない事があるのが人間のありようで、出来る得意な能力や、個性を発揮する事こそ、命を活用するという事です。 『生きる』ことを通して、出来ない事を補い出来る事によって欠けている能力を満たしてくれるのが、縁の絆に支えられている人間のあるべき姿ではないかと思います。 『みんな違ってみんないい』 それぞれの個性が光り、お互いに輝いて生きて行ける事は素晴らしいですね★                                                    どちらかをクリック↓↓ 宜しくお願いします〜♥ にほんブログ村 美容ブログ アーユルヴェーダへ
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Veda 古代インドの社会システムって?

❤namaste❤

 

私も インドに行けば yogaの理論をアシュラムで 学んだりしているのですが、また 愛する 先生達に教えられ、 数年前の頂いた知識をノートに書いては 繰り返し読んだりしておるのである。(サンスクリット語 覚えるのは時間がかかります!焦せらなーい)

 

その度に 自分の感覚の気づきが違う事に気づく。あーなんて 底なしに深いんだろうと思う事があります。

 

ヨーガは=veda は文化として捉える広大な教え"ヒンドゥー"に支えられており、その言葉の裏に表されている永遠の法則があります。

それは

 

       _        _

SANA TANA DARMA サナータナーダルマ

という

 

終わりも始まりも無い

時間や マーヤに限定されず 場所 時代が変わっても TPO 生活環境によって影響されない影響を全く受けない法則があります。

 

古代インドの社会システムそのものが ヨーガであった。 >>>(目的はモークシャ=真の自由、悟り、解脱、完全な心の平和)

 

 

 

vedaを学び始めると どんどんと内側からも外側からも知識が湧き出てきちゃいます。

それは

言葉や見えるもの以外の説明しきれない領域の知識だからです。

 

人間が恐れも不安も無い境地へ導く

"全ての結論を示すVedantha の教えは

たくさんの聖典の中にヨーガの哲学も説かれておるわけです。

これらの教えはとてつもなく膨大な智慧で、私はきっと今世では 例えるなら、知識が地球の大きさなら 蟻以下の大きさしか知る事は無いのかもしれないと 思うほどです。

 

古代人は現代人の数倍長生きして、記憶や頭脳能力 サイキック能力も半端じゃなかったと思います。

例えば リシ 聖者と呼ばれる パタンジャリの聖典ヨーガスートラを 読んだ人は この人宇宙人?とか思っちゃいませんでした?

ヨーガとは何か を説く 聖典。

瞑想の奥義としては

次元も超えちゃってるし、 地球人を救うために降りてきた人?と感じるぐらい 学べば学ぶほど 噛めば噛むほど 味が出る 知識が詰まってます。  再度読む返すと 感覚的に素晴らしい気分にさせてくれますよね。

 

この様な

リシ達の様なレベルの "見る人"が 直接得るヴイジョンと言うのが六つ(シャット ダルシャナ)あり

物質的な真理を説く

ニャーヤ

ワイシェーシカ

 

二次元エネルギー論、メンタルで生理学的で心の世界を説く

心のスクリーンのノイズを取り除く作用がある哲学

サーンキィヤ

ヨーガ

 

スピリチュアルで潜在意識なヴィジョン

プールワミーマンサー

ウッタラミーマンサー  究極の教えのVedantha

(the end of vedaとも呼ばれている)

 

と言う段階的に ヴィジョンが分かれて

この様な哲学で説かれております。

 

 

ヨーガは 一般的に 簡単に「統一」 「合一」という様に意味されていますよね。心と体のバランスを繋ぐ、全ては一つに調和するという事なんですが それだけで無い他の哲学が また混じり合って 各それぞれのVedaは まるで 各器官の細胞の様に 互いに全て繋がってくるわけなんですよね。

 

だから膨大な智慧がそこに在るんでございます。

上記だけで無い 違うカテゴリーの聖典もどっさりあるので

これらに加え 様々な角度で 繋がって 教えがあると認識した上に 

、、、、

で 

古代インドの社会システムって

何でしょう

て事も書き記したかったのです。

 

 

ヒンドゥーイズムシステムとでも言いましょうかね。

 

1、ワルナvarna =色分け、カースト 輪廻転生と関係があるそうです。

         今世で原因、結果を生みだしては生まれ変わり繰り返される。

         過去で原因を作り現在で結果が現れる。今の行為は未来に結果を残すであろう。

         各々の今世を受け入れ、やるべき事を認識の上に自分の義務を果たす。

 

🔼ブラフマナ   僧侶 医者

   クシャトリヤ 王族

   ヴァイシャ    商人

🔽シュードラ   農民 家政婦など

 

ピラミッドの型の様に ブラフマナの数はシュードラよりも少数です。

 

 

2, アーシュラマ =人生の段階

ブラフマチャリヤー勉強に集中する時期

ガールハスタヤ 独り立ちする時期

グリハスタ 家庭を持ち 家長として 家族のために働く時期

               家族を所有物の様に自分の物として扱わず、個々が自由である。

ヴァーナプラスタ 隠居の時期、社会に貢献する。

サンニャーサ  出家 、神と一体となる時期

 

 

 

3,ダルマ=目的 役割 義務 使命  秩序 様々な意味が複合しています。

この以下の部分が基盤に無いと mokshaと呼ばれる悟りには到達出来ません。

 

アルタ= 衣食住の安全を守る 

カーマ=真の幸福を願う 潤いのある人生を欲望 

ダルマ=社会秩序、義務を果たす

⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇⬇

モクシャ=完全な心の平和、悟り、解脱、真の自由

 

ここまで 人生最終地点で行ける人は 多分 聖人と呼ばれる人たちの事でしょうね〜。

物質的に豊かでも、心の豊かさを問われます。 物質的に何もなくても 有名でなくても、幸せな満たされた心を持ち 平和に生きていた方が 遥かにモクシャに近ずく事に繋がるでしょう。

 

究極の幸せになるための社会システム

でした。

 

今日はここまで

 

また 復習がてら 書きたいと思います。

私は 隠居の時期に入ってるのかと思う事もしばしば ありますが、ブラフマチャリヤに戻りたいと思っても しょせん、無理なんでしょうね〜〜、、

 

 

以前もカルマの話したと思いましたが

 

思い出した様に 輪廻転生という仏教にも出てくるお話

 

個々に在る様に見えるものが、実は全て一つに宇宙で構成されていて、個々が役割を担っています。波や一滴の水が大海の一部である様に  本質は私達その宇宙の一部なのです。

宇宙の法則と呼ばれる 整然とした秩序があり、その法則によって起こるべき事は起こるわけです。

行為は結果を生みます。カルマの法則です。

法則に善悪はなく、過去に作った行為は今の自分に結果として戻ってきます。

避ける事は出来ないので、吸収して消化して栄養にするしか有りません。食と体の消化機能と同じですね。質の良い物を食べたら良い栄養になるし、反対の物だと不健康を引き起こす結果となるのと 同じ様に 行為というものが如何に大事か 一瞬一瞬が 行為という食べ物とお付き合いしてる状況です。

好ましい結果もそうで無い結果も 大いものなるものからの恩恵として受け入れ、その経験として活かせる様 前進して行きましょう。

 

今 この瞬間に 作っているカルマは 意識で飛ばしている事も行為として含まれています。ポジティブかネガティヴか 自己内観も必要ですね。

将来 それが木の実と同じ様に結果の実が現れます。しかし恐れを抱かず 明るい未来を作り出せる様に一瞬一瞬希望を持ちましょう!

良い行い を積み重ねて 今を大事に生きて行きましょうね〜🙏🕉💕宇宙の偉大な力に身を任せる事も大事で、不安や恐れを持たずに生きるという事は、自分が如何に誠実で謙虚に 過ごす事、勇気と困難にも乗り越えて生きる事に等しいと思います。逆に嘘ばかり、ごまかしたり、騙したりする様な不誠実な行為をする人は、マーヤに覆い隠され 毎日が恐れの世界を作り出し、不安や不満の人生に陥ります。結果として言わずとも理解できると思います。

 

起きた事に無影響な自分で消化できるほど強くありたいですね。障害や困難を乗り越える事も

良い結果を作るための行いを消化したと思えば、気が楽になりますね。

 

 

 

Om shanti shanti shantih

 

 

 


 

| yoga ヨーガ | 11:18 | comments(0) | - | pookmark |
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